オフィスの小人説

オフィスの小人説

「あれ?なんかデータ数少なくないですか?」

上司とデータベースを見ていて、どうも違和感。先月終わりにチェックした時は3000件近くあったはずのデータが減っている。

「マジで?だって今2000件ないじゃん」

上司はモニターに顔を近づけた。

「消した?」

「消さないですよ。消しました?」

「消すわけないだろ」

しかし確実にデータは消えている。何が原因なんだ?

そのデータベースはうっかりミスで消えてしまうようにはできていない。削除の操作をして、警告と再確認のメッセージが出て、それに同意しない限り消せないようにできている。昨日まであったファイルがない、とかフォルダが丸ごと忽然と姿を消している、とか、電子ファイルにも紛失というのはしばしば起こる。

我々のデータは何故消えたのか、原因を考えてみたが次の三つしか思いつかなかった。

まず「ものすごくうっかりした人がものすごくうっかりして消してしまった」説。これは、数々の警告メッセージが出ているにも関わらず、それらすべてを見過ごしてクリックを続け、結果消してしまったというもの。そこまで行くと、もうそのうっかりさんは日本語が読めないレベルなのではないかと思われるが、しかしこのデータベースを触る人はみんな日本語ネイティブばかりだ。

次に「ストレスが極限に達した人が電子ファイルを削除することでストレスを解消した」説。これは以前からしばしば私たちの部署のファイルが唐突に消えることも合せて考えた。もう正気でいられないレベルにストレスの溜まった誰かが、オフィスの適当な電子ファイルを削除し、翌日みんなが困って大騒ぎをする姿を見てひそかにすっきりしているのではないか。地味な割に壮大な八つ当たりで迷惑極まりないが、しかしいい年した大人がいくらストレスがたまったからってそんなことするだろうか。

第三の説は「オフィスの小人」説。グリム童話に「小人のくつ屋さん」という話があるが、あれのオフィス版だ。うちのオフィスには小人が住んでいて、残業組が帰った後、ひそかにパソコンを起動、適当なファイルなりデータなりを削除している、というもの。想像するにはかわいいが、しかしまずありえない。

原因は未だ不明だが、困っているのは大変困っている。他の職場でもあるんでしょうか、勝手に電子ファイルや電子データが消える、なんて怪奇現象。もはやオフィスの怪談ですよ。恐ろしや。

背中脱毛

母の手紙

私の母は筆まめな人である。

日常的にもよくメモを書くし、メールも多い。また葉書や手紙もまめに書く。

そう度々旅行をするわけではないのだが、それでもたまに旅行に行くと旅先から毎日絵葉書を書いてよこす。その土地土地の、主には写真の、大きな美術館などに行った場合は絵の、彼女一流の趣味で選んだ絵葉書だ。

内容はたわいないことばかり。

「ストーンヘンジに来ています。広いねぇ~」

とか

「元気?街並みがすごく可愛いよ。お父さんがカメラでパチパチ写真を撮っています。あとで見てね」

とか

「すごいね!パリ!!パリの小学生と遊覧船で一緒になったんだけど、みんなで合唱してたよ。超かわいい~!」

とかそんな調子。普段話している分には「超」とかほとんど使わない人なのだが、絵葉書になるととたんにキャピキャピしてしまうのはどういうわけか。旅の高揚感か?脱力することこの上ないへたうまタッチのイラストもついていて、娘としては楽しくてたまらない。

母はお土産もこまごまと買ってきてくれるのだが、正直お土産より絵葉書のプレゼントの方が嬉しい。そこには旅の興奮があり、書き手の性格があって、遠くにいて親しい人の字を見ると、何があったわけでもないのに涙が溢れそうになる。

私が学生時代、家を離れていた時もよく手紙をよこした。それは便せん何枚もにわたり、びっちり手書きの文字が並ぶ。飼い犬の様子があり、父とのケンカの話があり、庭の花のこと、新聞で面白い記事を見つけたからと同封してきたこともあった。一人外国にいて心細い時、どれほど胸にこたえたか知れない。

写真を記念に残す人は多い。様々な場面での笑顔、並ぶVサイン。しかし同様に、あるいは場合によってはそれ以上に、手紙はその場面を鮮明に残す。耐えがたいほどの郷愁。センチメンタル。

母は文学の好きな人で、だから気取った文章を書こうと思えば書けるのだろう。しかし手紙の時はいつでもカジュアルだ。気楽で、調子はずれで底抜けに陽気で。母のような手紙が書けるようになれば一人前だなと思う。少なくとも親しい家族観の手紙においては。実に正しい母からの手紙。

正しい娘から母への手紙はまだ書いたことがないし、書けそうにもない。